2010年10月8日金曜日

『シングルマン』

ファッション界の、あの!トム・フォードの作品

「きっと視覚的に期待できそう」と期待して映画館に足を運んだ。さらに予備知識としてゲイの世界だというのがあったから、どこまで芸術的な作品に仕上がっているのか興味があった。映画が始まって、まずはセンスの良い音楽に引き込まれ、そしてスタイリッシュな衣装やインテリア・小物に目が奪われて行ったのは言うまでもない。

主人公には感情移入しにくいものの、登場人物が魅力的で、「この映画ただものではない」と感じる。優しい映画なのだということにも早い段階で気がついた。映画に登場するスコッチ・ウィスキーに酔いしれるように、悲しい話しが心地良く進んでゆく。

ラスト近く、恋人を亡くし憔悴しきった大学教授の主人公は、自殺を決めた日の自分の形跡と言動をたどって大きな真実に気付く。「ゲイであることで少数派を自認しながらも、少数派である恐怖から逃れてばかりだったのだ」ということに・・・。

民族宗教や性的志向における少数派だけに限らず、思考の少数派というのも理解をされずに孤立するものだ。そんな思考的少数派の勇気ある(怖いもの知らずとも言える)一人の教え子によって、主人公は開眼させられる。恐怖を口にし、少数派を公言する。自分と違うものに耳を貸し、好意に感謝をする・・・そんなありのままの人間の姿に、主人公はモノクロの世界から色を見出すのだ。

自分を理解してくれる唯一の人だと思っていた恋人を亡くし、行き場をなくしたと感じていた主人公が、実はそうではないことに気付くこととなる。恋人との関係に疑問を持ったというのではない、セリフにも出てくる「過去を知って、現在を生きる。未来は恐怖なんかじゃない」だっただろうか?恐怖は閉じ込めた自分の中にあるのだと、恋人の死をもって知らされたのだ。

主人公があまりに多くの事にこだわり、完璧な人間となる姿はとても悲しかった。周囲と断絶しながらもガラスに囲まれた家に住み、周囲を色のない世界としながらも完全には興味を排除できなかった、どこから見ても完璧な男・・・ラストは幻想的なおとぎ話の様だったけれど、全体を通して「幸せな映画」だった。

私が好きな映画は、こんな悲しいけれど優しくて、本物の幸せを描いた作品だと再確認した。

そしてトム・フォード、やっぱり天才だ。